2026/09/15 13:22
ラットを飼っていると、とにかくかじることに驚きます。その背景には、齧歯類の歯の構造があります。
この記事は、獣医学の総合マニュアル Merck Veterinary Manual の齧歯類の2章から、門歯のしくみと、伸びすぎたときにやってはいけないことを整理したものです。引用はすべて「引用(出典):」の形で示します。それ以外は当店の文章です。

門歯は、伸びるのをやめません
引用(Merck「Overview of Rodents」):齧歯類は形態も生態も多様だが、すべてに共通する特徴がひとつある。かじることに高度に特化した歯である。齧歯類は上下に1対ずつの門歯を持つ。それぞれの門歯と最初の頬歯(臼歯)のあいだには、歯のない隙間(歯隙、しげき、diastema)がある。齧歯類の門歯は無根性で、生涯にわたって伸び続ける。
「無根性(rootless)」という語について、Merck は定義までは書いていません。解剖学的な歯根をつくらないという意味で、歯が短いわけではありません。顎の中の成長側が閉じないまま作られ続けます。ここは当店の補足です。
大事なのは向きです。十分に摩耗しなくなっても、伸びること自体は止まりません。
前歯は、自分で研いでいます
引用(Merck「Overview of Rodents」):エナメル質は門歯の前面と側面に沈着し、後面は象牙質である。かじるとき、門歯どうしが鑿(のみ)のように削り合い、柔らかい象牙質のほうが先に摩耗して、鋭いエナメル質の縁が残る。この自己研磨のしくみは非常に効果的で、齧歯類の生態的な大成功の鍵のひとつである。
前面と側面だけが硬い層で覆われているので、使うほど裏側が斜めに削れて、前が刃になる。彫刻刀の刃と同じ理屈です。
引用(Duan ら, Int J Mol Sci, 2022年):齧歯類の門歯は生涯にわたって伸び続ける。これは上皮性幹細胞と間葉性幹細胞が維持されることによるもので、そのため齧歯類の門歯は幹細胞研究の有用なモデルとして広く認識されている。
伸び続ける理由は、根元で作り続けているからです。
削れなくなると、口の中へ伸びます
歯の問題について、Merck はこう書いています。
引用(Merck「Mice and Rats as Pets」):ペットのマウスとラットでは、絶えず萌出し続ける門歯のために歯の問題がよく起こる。門歯の過長は、ラットとマウスで最も多い問題である(モルモットやチンチラで最も多いのが臼歯の不正咬合であるのとは対照的)。
この段落は、門歯過長の原因を列挙したものではありません。Merck がここで理由として挙げているのは「絶えず萌出し続けるため」までで、不正咬合を原因として説明してはいません(不正咬合の語が出るのは、モルモット・チンチラの臼歯との対比としてです)。個々の原因や噛み合わせは、獣医師に確認してもらうところだと考えてください。
やってはいけないこと:自分で切る
伸びた門歯を、飼い主が自分で切ったり削ったりしないでください。
引用(Merck「Mice and Rats as Pets」):門歯の過長は、高速のドリルを用いると容易に処置でき、歯を割ったり裂いたりせずに切断して、きれいで滑らかな断面が残る。ロンジュール(骨鉗子)で歯を切るのは、長期的に良い結果を生まない。門歯が縦に割れることがあり、その亀裂が根尖に達して動物に不快感を与えることがある。亀裂から細菌が入り、歯髄腔を伝って根尖へ移動し、根尖膿瘍を起こしうる。
根尖とは、顎の中にある歯の先端のことです(訳注は当店の補足です)。
つまり、刃で挟んで切ると、歯が縦に割れるおそれがあるということです。
「ドリルなら安全」という意味でもありません。Merck が比べているのは処置のやり方であって、誰がやるかではありません。麻酔・保定・器具のそろった場所で、口の中の軟部組織を避けながら行う前提の話です。歯の処置は、ラットを診られる獣医師に任せてください。
抜歯という選択肢もありますが、同じ章は「門歯の根が長いため、この処置は難しい」としています。総論では「無根性」、こちらでは「長い根」。無根性でも、歯は顎の中に深く延びているということです。ここは当店の読み解きで、Merck は両者の用語の関係を説明していません。
気づき方と、口元を見るときの注意
門歯が伸びすぎると、食べられなくなります。まず食べ方と体重を見てください。食べにくそう、食欲が落ちた、体重が減ったなら、早めに動物病院へ相談してください。食べられない・呼吸が苦しそう・ぐったりしているときは、無理に口を開けたり保定したりせず、先に病院へ連絡してください。
ただし、鼻や前足のまわりが汚れているのを見つけても、歯とは限りません。Merck は、肺炎球菌によるラットの肺炎について、こう書いています。
引用(Merck「Mice and Rats as Pets」):鼻孔のまわりと前肢に、鼻を拭うことによる膿性の滲出物が見られることがある。
引用(Merck「Mice and Rats as Pets」):感染性の呼吸器疾患は、ラットで最も多い健康問題である。
鼻のまわりや前足に分泌物が付いている場合は、呼吸器疾患の可能性もあります。見た目だけで原因を決めつけないでください。
口元を確認するときは、咬まれないようにしてください。Merck は、ラットに咬まれた人が Streptobacillus moniliformis に感染して鼠咬症(そこうしょう)を発症しうるとし、「致死的になりうる疾患」としています。同じ章は「ラットは子どものペットとして推奨されない」とし、取り扱いやケージ掃除のあとの手洗いと、手から口への接触を避けることを求めています。無理に口を開けさせないでください。咬まれたら、すぐに石けんと流水で洗い、傷の悪化や発熱があれば医療機関へ相談し、ラットに咬まれたことを伝えてください(この応急手当は当店からの案内です)。
引用(Merck「Overview of Rodents」):被食者である齧歯類は、死が近づくまで痛みや病気のはっきりした兆候を示さない。そのため受診が遅れがちで、予後はより慎重に見る必要がある、とも書かれています。「元気そうに見える」は、大丈夫であることの証明になりません。
飼育側でできること
「かじる物を増やせば歯は伸びない」とは、今回の資料からは言えません。代わりに、同じ章が飼育について書いていることを3つ挙げます。
以下は一般的な飼育管理の話で、門歯過長の治療ではありません。とくに、すでに食べにくそうにしている個体で、この記事を根拠に餌を減らさないでください。
- ペレットは量を決めて与える。引用(Merck「Mice and Rats as Pets」):実験用齧歯類の飼料は比較的高脂肪・低繊維で、自由給餌にすると肥満を招く。したがって、飼い主がペットのマウスやラットに与えるペレットの1日量は制限すべきである。同じ章は、繊維の多い野菜や少量の果物などで補うことをすすめています。歯のために量を増やす、という使い方はしないでください。適量は使っている飼料と個体の状態しだいなので、迷ったら獣医師に相談を
- 紙製の床材は安全側。これは床材についての記述です。引用(Merck「Mice and Rats as Pets」):紙は無毒で、飲み込んでも消化される。一方、木は食べると腸閉塞につながりうる。木製品すべてが不適切という意味ではありませんが、削りかすを飲み込む個体では気に留めてください
- 金網をかじり続けるのは、常同行動のことがある。以下は口吻まわりの脱毛を説明する文脈の記述です。引用(Merck「Mice and Rats as Pets」・マウスについて):単独で飼育されたマウスは、多飲や金網かじりといった異常な常同行動を示すことがあり、それが機械的な擦過と脱毛を招く。この場合は飼育器具を替えても解決しない。代わりに、回し車や筒などの環境エンリッチメントを与えるべきである
ラットを扱ったあとの手洗いと、用品の洗い分けについては、冷凍餌の衛生管理の記事にまとめてあります。
まとめ
- 齧歯類の門歯は無根性。十分に摩耗しなくなっても、伸びること自体は止まらない
- エナメル質は前面と側面だけ。後面の象牙質が先に削れて刃が残る(自己研磨)
- 削れなくなると門歯の過長が起きる。歯の問題としてはラット・マウスで最も多い
- 飼い主が自分で切ったり削ったりしない。挟んで切ると縦に割れ、根尖膿瘍につながりうる。歯の処置は獣医師へ
- 鼻や前足まわりの分泌物は呼吸器疾患のサインでもある。ラットで最も多い健康問題は感染性の呼吸器疾患
- 口元を見るときは鼠咬症に注意。取り扱いのあとは手を洗う
参考にした資料
- Merck Veterinary Manual Overview of Rodents
- Merck Veterinary Manual Mice and Rats as Pets
- Duan Y, Liang Y, Yang F, Ma Y. Neural Regulations in Tooth Development and Tooth-Periodontium Complex Homeostasis: A Literature Review. Int J Mol Sci. 2022;23(22):14150. doi:10.3390/ijms232214150
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